わたしの気持ち2016

発達障害でも統合失調症でも、本人に病識があって法令順守が身に付いているなら悩むだけ無駄なんだねー。産まれてきたのは己のせいじゃないしー、あー悩んで病んで無駄だったわ。

わたしの「病気」と「感情」にとっては渡りに舟で
あの人が存在してくれて、あの人が生きてきたたままの姿で出会っていなかったら。
あっち世界に住んだままだったと思う。

実際はこちらに戻っても良いことなんてないし
現実の辛さがあるだけなんだけど。


別人格を作ってそれに依存して
いつの間にかその別人格に自分自身を
数年間も乗っ取られて
記憶に穴が空いたりするわたしよりは
辛くても逃げないで自身と向き合う(解離することが必要ない)人が好きだ。
解離する人が嫌いな訳ではなく
一生分の自分自身を一人格で継続して
生きていけることが羨ましいのかもしれない。


(生物学上の母親は、
母親自身が解離してることに気づいてない。気づける人と気づけない人がいるから仕方ない。)


解離することは、人間の防衛本能だというけど
防衛本能が働くことで、長期的な生活や継続的な人間関係に支障がでるのは不本意で不便。

だからわたしはわたしで在りたくて
ほんの少しの「わたし」を繋ぎ止める。
繋ぎ止めておけば
少しはマトモになるかもしれない。

解離の原因が無くなればいいんじゃないのかなと思う。
けど、それは無理だと思う。今のところは。
ならば記憶は不完全なままでも
仕方ないねという結論になる。

どうにかしたい……。
どうにかなるかもしれない。色々な人の体験や、それにまつわる対策の仕方があるはず。