わたしの気持ち2016

発達障害でも統合失調症でも、本人に病識があって法令順守が身に付いているなら悩むだけ無駄なんだねー。産まれてきたのは己のせいじゃないしー、あー悩んで病んで無駄だったわ。

5月21日 村上春樹の小説とわたしと自閉症と性について。

忘れていました。
村上春樹の小説のことを。
読んだ感想を。

彼の作品に性描写が多いと言う書評を目にしました。
そう言われてみると
そうなのかもしれない。

けどその描写から
いやらしさを感じる事はないです
少なくともわたしには無い様です。

そして、見当違いと思われるかもしれませんが
村上春樹の小説の主人公は
自閉症が多いと思います。

世間と折り合いをつけて(世間と関わりながらも)
それでも自己を見つけられなくなった自閉症が主人公の小説。

仮にそうだとしたならば
小説1Q84には救いがあります。
枝豆も天悟も
環境に殺され続けた自己を
二人でやり直す
3人で生きる(枝豆のお腹の子を入れれば3人)
可能性を見つけられたから。

お腹の子供は誰の子であろうと
枝豆と天悟の子供に間違いないのです。

村上春樹の小説の主人公の性行為の描写は
、セクシーとはほど遠く
わりと無機質な描写で、流れるよにう読み流せるし、特に記憶には残りません。(わたしには)
だから性描写が多いという意見を読んでからは
そう言われるとそうかもしれない……と考えたりしますがイマイチよくわかりません。


※あと、1Q84という小説は、家庭環境や宗教や児童虐待も組み込まれています。LDも。


村上春樹作中に性描写が多い(らしい)
ことと、自閉症の関連性はあるのか 
それはわたしには分からないのですが

ただ、自閉症者が普段から他人に合わせるように、
他人の表情を読み違えているとバレないように、
嫌われたり、変な人だと思われないように

自身の知り得ぬ感情を
共有感情のように理解しているふりをしてしまいます。
そうすると本当の自分自身は
置いてきぼりで

普段から他者の感情を理解するのが困難なのが
なおさら困難になりますが
他者に合わせなければ変人と思われるから
自閉症の人は
性行為だって他人に合わせて
自己を殺し続けます。
その結果
他人に合わせるだけで
心や感情の無い性行為の
気持ち悪さに耐えられず
対外人格に解離します。

それは必要の無い行為なんだよ、好きな人としかしない行為なんだよ
と、誰かの過去に向かって話しかけてもどうにもなりませんが……。

同じ自閉症で、若い人には言いたいのです。
絶対に必要のない行為だから

貴女が本当に好きだと思ったなら
その時に初めて
人にふれたいっていう意味がわかるから。

その意味がわかる日が遅くても
例え来なかったとしても
おかしくなんかないんだよ。そう思えるよ。

だってわたしは
手をつないで歩いているだけで
とても幸せだったし
(人に触れても嫌じゃなかった。初めてのこと。)
対外人格とわたしでかわりばんこだったけど

好きな人には触れても触れられても
嫌じゃないんだよ。
(だからといって、気になった他人にいきなり触れても好きか嫌いかなんて分かるって問題でもないし、誤解されそうだから、気になった人がいても急な接触はしないようにね。人には距離の取り方と順序があるので……。)

だから性に関しては
無理にわかった振りをしないで大丈夫です。
わからなくていいことだから。
知らず知らずに、自閉症ってことを利用されないでほしいんだ。

それがわかれば利用されないで済むという
ジレンマに気づきました……。
異性と二人きりにならないように……。
なるべく複数で、同性と行動するように……。
(って、それができていれば自閉症にならない。)


大人になってから
自閉症(発達障害)と向き合わなければならないのは
人生全てを棒にふったのと同じこと。
大人になって気がついても
時間も若さも何も戻ってこない。
他人と共有できる感覚すら無い。

多分自閉症(発達障害)なら、私と同じで
髪や体に触られるのが苦手で
(美容師や医師とか、職業的な接触は平気です。
仕事なので、ほぼ感情が無く事務的な接触だからです。)
人の気持ちを汲み取れなくて
人なんて嫌な思いでばかりになっていそうだけど

いつかね、好きになれる人には出会えると
思うよ。

それから……
風俗店で働かないと生活できない
自閉症者の方もいると思います。

何故なら自閉症
一度に数人と会話するスキルは無いけれど
風俗なら大抵1対1なので
会話が成立しやすいことと、特に難しい会話を
要求される事もないからです。

工場やコンビニや営業接客ですり減らされる
神経とのバランスをとるために
週5回勤務の工場より
週1日か2日で済む風俗の方が効率がよく
精神的にも楽なのではないかと
思うこともあるかもしれません。

多分ですが、どんな仕事についたとしても
仕事中は対外人格になり自己を閉じ込め
お金は得られますが対人スキルは得られないのが自閉症だと思います。

むしろ風俗を選んでしまったら、精神はどんどん病んで解離したままになるかもしれません。
闇は深くなると思います。

(村上春樹の小説世界の終わりとハードボイルドワンダーランドにもピンク色とかヤミクロとか……気になるワードは出てきます。)

貧乏でも辛くても
工員労働や学業に打ち込む方がよいと断言します。
一時はお金の自由に安心できても
感情も幸せも、お金では手に入りませんから……。(持っているに越したことはないですけど。)
億を持っていても3ヶ月持たないかもしれません。

1円しかなくても
あなたの側にいてくれる人が誠実な人ですし、それには継続した人間関係や
お互いの信頼が必要なので
世間から軽蔑されがちな
風俗業は職業の選択肢にいれない方がよいと思いますが
仕方のない場合もありますので
そういう場合は精神を病まないうちに
早くお仕事を上がることができますように……。

けど、社会的に地位がある人や職業だからって
信頼できるかどうかは別問題かもしれませんが……。

ちなみに、
ドナウィリアムズの自閉症だったわたしへⅡ
を読んだところによると
男性の自閉症者も女性と同じだそうです。
感情を伴えない性行為については
同じように解離しているんだそうです。

なので、自閉症の若い男性も
女性の誘いには無理に合わせないでいいんだと思います。
それは悪いことじゃないし
無理に合わせた方が
女性に恨まれることだってあると想像できるから……。


だからきっと村上春樹の小説の主人公は
我知らず乖離しているのではないかと……。
それで性行為描写も多いと言われるのではないかと……。

また、同じく村上春樹の小説の主人公が
語る(確か、田崎つくるという名前)

「僕は相手にあげられる物を持ち合わせていない」

という心境は

相手の過ごした時間ほど
感情を持って生きて来られなかった
自身の自閉症という病気への卑下の気持ちだと思えてきます。

だって、田崎つくるという人は
会社員で貯金もあり、学歴も普通にあり
スペックだけを見れば
特に目立つ素晴らしさもないけれど
悪いところだってありません。
にも関わらず相手にあげる物を(感情の幅、リアルタイムに感じることのできる能力、定型の脳の情報処理能力)
をまだ持っていないから。

つくるは、高校時代の友達の名字に色彩が
(本当に黒とか白とか色彩の混じった姓なのですが)
あることを羨むのですが

感情=色

に例えている(と思います)ので
作中では、つくるが色に憧れ
自身も色のある名字でないことを残念に思ったり
していました。

ここまで例えてくれると作品が伝えたいことを
間違えようも無さそうですが
わたしは間違えているのかも知れません……。
作品という物が出版後にどう読まれても仕方ないとしても……。

とにかく村上春樹の小説の愚鈍ともとれるような
田園風景のように感情の起伏をそぎおとした
文体といい(独特の静かな文体は好きです。)

ノルウェーの森でラストに

何処でもない場所で僕は叫び続けていた

という一文があるのも、自閉症の(というか自閉症のわたしの)心情に重なる
ところがあって

だからもし村上春樹自閉症の視点で
作品を書いたのだとしたら
日本で一番
自閉症を理解している作家だと思います。

何処でもない場所で僕は叫び続けた
なんて、ちょっとかっこいいって思うけど

何処でもない場所にで一人で叫び続けるのは
嫌です。
疎外感しか感じられないし悲しいという主人公の気持ちもわかりますし

何処でもない場所で一人なのは
いつも自閉症患者が感じている気持ちだもの……。



□ □

そうそう、
わたしにとって感情は貴重です。
感情が沸き上がると、
それが怒りでも悲しさでも、生きていることを
実感できるから。

感情が理解できなければ
人の気持ちが分からないし
自己も育ちません……。……たぶん。

わたしは、怒りや苦しみや悲しみや楽しい感情だって
持ってはいるのだけれど……。
「寂しい」っていう感情は、今年初めて
知り得ました。

引っ越してしまったお友達が
カラオケで歌っていた曲が
町で流れていれば
もう近くに居ないんだなあと泣きそうになったり(だけどお友達はお友達です。離れていても。それを教えてくれたお友達、ありがとう。ん、この気持ちも直接伝えたいな。でもわたしが病気のカタマリみたいで……なんだか恥ずかしいし……どうしたらいいんだろう)

それと、人に触れてみたいっていう感情を
引っ張り出してくれたさのくんにも、ありがとう。

まるで感情を得る代わりに
失った生活圏が存在している
と思えばそうだけど

例えそれを失わなかったとしても
わたしはわたし。
でもわたしって何なんだろう。

なんにしても一人で生きるのは難しくって
特に自分自身の為だけに生きるのは難しい

一人じゃ
自己を育てるのも難しい……。

確かに自閉症は定型の人と違うけど
気持ちとか思いはあるので
ただリアルタイムに表現しようとすると
表情を読み間違えたり
捉え方の誤差が重なると
意味不明な態度をとるとか
誤解されてしまうのです。

出会った定型の人達に
不快な思いをさせてしまってごめんなさい。

自閉症(発達障害)の、挙動不審さ。
フリーズしたり焦ったり
なぜそこで
戸惑うのか立ち止まるのか
定型の人にその場ですぐに説明できるもの
ではないので(説明できる情報処理能力があるのが定型発達なんだと思います。)
自閉症の人が何を考えているのかわからなくて
怖いと思われるかもしれません
だから定型の人に嫌われても仕方がないといえば仕方のないことなのですが……。

だって同じ自閉症の人どうしでも
気持ちをわかり会える人に出会ったことがないんです。それは、出会う人数が少ないせいもあるかと思います。

けど少しずつ感情を理解しています。
感情の全てを理解することは
出来ないかもしれないけど


一旦自分自身を仕切り直して
自分なりの幸せを見つけるのが
……嫌です。

□ □

AM 10:06

今日は体調がよくないから
機嫌が悪いのです。
おまけに少し怒りを抱いています。

でも人に迷惑をかけないように気を配ること。
大丈夫。
さのくんに教えて貰ったことは覚えてる。
人を不愉快にさせないように気を配ること。
それを、対外人格を使わずに
私自身が使いこなせるようにすること。

大丈夫……。たぶん。

感情だって
ゆっくりだけど
きっと……

「つくる」のではなく
知りたいんだ。


□ □ □ □