わたしの気持ち2016

発達障害でも統合失調症でも、本人に病識があって法令順守が身に付いているなら悩むだけ無駄なんだねー。産まれてきたのは己のせいじゃないしー、あー悩んで病んで無駄だったわ。

5月24日 今朝わかったこと、わたしのこと。

自閉症は、認知の機能、脳の情報処理能力の異常だと分かってはいたつもりでしたが
今日やっと納得できました。

言語性と動作性に開き(凸凹)がでるのが自閉症(発達障害)だと認識されているみたいです。

発達障害の診断結果を見て
それで凸凹の良い方向をのばしたり
低い方ににあわせたりというのは
たぶん出来ないと思います。(そういうことをするのか、しなきゃいけないのかとかは、わたしには分からないのですが。)

ただわたしが大人発達のテストを
WAISのテストを受けた結果では
動作性が低く言語性が正常値なのですが


既に言語性は動作性に合わせて下がった
状態なのだと思います。
もしくは動作性を補うためにMAXな状態なのかもしれません。
この状態の意味を考えれば
ここからの言語性と動作性の能力の向上は
先ず不可能だと思います。


工場の流れ作業なら、一度体で覚えてしまえば
動作は速くすることもできますし
逆に遅くすることもできます。
自分自身を機械化する事ができます。
休憩なんて必要ありません。

だから自閉症者は、
単純労働、特にルーチンワークに向いていると
思われるなかなあと思います。

向いてる向いてないでなく
脳機能が定型の人と異なるので
職の選択肢が皆無になっているような状態なのですが……。
けれど働けることは有り難いのです。

普通に働きたいと思っているし
人に迷惑がられたり嫌われるのは嫌です。

けれど休憩時間には、一番の難関
「感情の入った日常会話・集団編」
が待っています

前にも書いたように
人の話が直ぐに理解できる時もあれば
1時間後に理解できたり
3日後に理解できたり
1月後に理解できたり
もしかしたら数年かかる事もあると思います。

だから話を分かったふりをしなければ
仲間はずれになるし
分かったふりをしていても
感情は育たないことも経験で理解できてきてはいますが

視角聴覚をフルに活用したとしても
コミニュケーション障害になってしまうのです。

そして動作性を遅く、さらに遅くすると
少しだけ周囲の物事が分かりやすくなります。
なので動作性だって遅くなります。

だって自閉症は片方の目の焦点を合わせないから
片目で世界を見ているようなものです
なぜ片目で見るのかというと
刺激の強い外界からの情報を知らず知らずに自己流に解決しようとして
片目の焦点を合わせずに遮断しているのかと
思います。
最近野外で片目を隠して見たりして確認しました。
実際には両目でよく見てはいません。
だから自閉症は視線を合わせられないのです。
少なくとも自身については、そうです。

他の人のことは、分かりようがありません。

普段から糞狭くなっている視野は
(全体を見れない、気がつけば他人の服の柄や、おおざっぱな身体的特徴や声やヘアスタイルなどで個人個人を識別しています。)

目からの物理的な刺激で
脳内が過剰に混乱しないように。
だから多分わたしの左目は勝手に視界をボヤけさせていて
そんな左目ですが、はっきりと無理矢理意識をさせて風景を見るとボヤけませんでした。
木や葉の立体感が少しだけ分かった気がします。
昔から絵が少しだけ上手だったのですが
それはきっと物が平面的に見えていたから
模写をするのは簡単だったんだなあと思います。

※なので自閉症者は自然とに視線を他人とそらしてしまうのかと思います。。わたし自身はそうです。
もし他人が無理矢理目を合わせさせたとすれば
自閉症(わたし)にとってはひどい虐待になります。
それは暴力的なのです。
(ちなみにわたしの親がわたしにしたことは、こういうものでなく物理的にも精神的にも間違いなく暴力です。間違いなく児童相談所通報案件です。)

あと、ずうっと昔に気づいていた事もあります。
乳幼児の時点でわたしの左目は何処も見ていない状態の写真ばかりです。
その頃から空間を直視はしていなかったのだと
確認できました。

だから不細工に写る写真がというものが大嫌いです。
ですが鏡は好きなのでプリクラは平気です。それでも片方の目は
遠くを見ているのに変わりはないのですが……。

最近は意識して両目で見るように気を付けています。
心なしか鏡の中の自分自身の顔が
好ましくなってきました。
今までにない小さな表情が、自然な表情が少しだけ出てきたのです!


もっと早く
こういった事実を知る事ができていたら
人生に無駄な時間は少なくて済んだのかとも思います。

自閉症と虐待は関係なく
遺伝子の問題だと理解もしました。

それを引いても
わたしを産んだ人に対する嫌悪感は無くなりません。
なぜならわたしが精神科に行きたいと行っても
先にのばし続けて行かなかったり
(統合失調の時に大人発達の受信には同行していましたが、それはわたしの統合失調の陽性症状が進んでいた時なので、おそらく統合失調の娘に振り回される良い親を演じることに納得しただけでしょう。)
それもこれも
生みの親がも自閉症発達障害だからだと確信しています。
さらにそれを差し引いたとしても
一生涯関わりたくありません。
親に関しては、兄弟もわたしと同じ思いだそうです。

肉親でもされたことは
許せないし
だから知らず知らずに
親がわたしにしたことや
自身の行動が他者にどう見えるのか振をり返ると
自閉症(発達障害)が定型の人に嫌われたり誤解される理由もよくわかるようになりました。


女親は自閉症特有の対外人格を使って
子供(わたしたち兄弟)に対しては
「親」というものを演じていますが
そんな感情の無い張りぼては、わたしに必要ありません。

男親に至っては
「子供はただの物質か持ち物」
くらいにしか意味はなく
動物を平気で虐待できる腐れ脳のアル中です。

張りぼて発達とアル中発達の共依存になるのでしょうか?
(わたしに対外人格があるように、この人達にも対外人格があります。女親は攻撃型のものです。男親は愛想よしタイプの対外人格です)

毒「親」なんかじゃない。
感情がない
定型にあわせたつもりで一生涯を対外人格で自動操縦している人形。
定型発達にはそんな不自然は不気味にしか写らないのに。

それが分かってても死ぬまで
本当の感情は持てないんだろうな。

女親自身は、自身が演技のかたまりだって
気づいてるんだろうな……
でも、どうしてそうなるのかは分かってないと思います。

◇ ◇ ◇

今さっき兄弟から電話がありました。
それについて考えると
気分が重くなってきます。

なので今日書いているこの文章もいつもより
暗いのです。
電話では、兄弟もかなり負担を感じでストレスが溜まっているのがハッキリわかりました。



もう少し自身のことを詳しく書こうと思いましたが
ちょっと今日は無理みたいです……。

気が重いです。