わたしの気持ち2016

発達障害でも統合失調症でも、本人に病識があって法令順守が身に付いているなら悩むだけ無駄なんだねー。産まれてきたのは己のせいじゃないしー、あー悩んで病んで無駄だったわ。

5月27日 意識して視線を合わせることと……

前の記事に書いた事ですが、自閉症が視線を合わさないことについてと、わたしの左目のことになります。

自身の過去の写真を見ていたら
左目の焦点が合っていなかった。

左目にも焦点を合わせるように
意識していて、ふと鏡を見ると右目の焦点が合っていなかった……。

これは意識するだけじゃどうにもならないみたい。
習慣にしないと。

□ □ □

そんなことを気を付けるようにしていたり
対外人格(解離)を意識してしない方向に
気を使ってみた。
そうしていたら気がついたことがあるのですが

昔から、わざとでないのに
人にぶつかってしまったり、うっかり針を指に刺してしまった時には、大げさに
「痛っ!」
とか言ってしまうはずなのに

目の焦点や
対外人格にも意識をはせるように気を付けていたら

同じような場面でも

「……痛ぁ………。」

と、実に落ち着いた声で呟いていた。

これには驚いたけど
わたしとしては
このままでいい気がするのだけど

対外人格を完全に絶ったままのわたしで
仕事は出きるのだろうかと不安に思う。

とにかく行動をと言われても

もうわたしには目標もないし

会いたい人もいない(はず)

そんなネガティブ思考だから
自殺の後の死後の世界のことを書いたブログを読んでしまった。
自殺をした後は、恐ろしいくらいの圧倒的な孤独が……と書いてありましたが

ならわたしは
もう死んでいるのと同じ事なのでしょうかなんて
図々しいことを思ってしまったり……。


わたし自身を生活させるために
今まで使用してきた対外人格を使わなかったら
どうなってしまうのだろうか
と想像したら
わたしには
素のわたしには

生きる価値が無いに違いない。

生活の為に
自動運転の対外人格を使うのは
良いとか悪いとかでなく

生きる方向で「わたし」を考えた時に
今さら、とくに自分自身にすら恩智がなさそうな行為に見えてきて
そんなことはないと
反対に考えてみたり
けれども
反対に考えるとか1か100かとか
そういう考え方も辞めたいものねと、思い直す。


たまたまつけたテレビには

災害で大切な人を亡くしても
泣きながら生きてる人がいたから。
辛くて悲しくて、理不尽なのに。
不公平とか理不尽とか
わたしだけじゃないんだもんと……。

生きるってことは
きっと考えても「仕方のない」ことなのかもしれない。


ならわたしが生きているのも

仕方がないよ……。

誰のせいでもないよ。

今日はそう思えた。

けどわたしは幸せではない、決して。

できるだけ意識して対外人格を使わずに生きよう。
もし対外人格を知らず知らず使っていても
わたし自身がわたしを管理する能力が
無いのだから仕方がない。

自身を管理する能力が無いと言っても、わたしは
動物虐待はしないし
大抵の人が嫌がることだってしない様に
気を付け……
(けどカラオケでヒトから以外でデスボイスを使ってしまったことを後悔しています……人を不快にしてしまいました。ごめんね……。)ています……。
最低限人格の荒廃はしてない(と思いたい……。)
なので何か物騒な事件を
自閉症やそ精神疾患と結びつけられる
風潮は残念だと感じます……。
けど今よりも若い頃や
そして去年も、言葉で人を傷つけたことがあったと、それを考えると
誰よりも謝りたい人がいます。

また話がずれますが、わたしには
たぶん適切な対人スキルと
対人マナーが必要だったのです
今でも必要なのですが。
……自閉症スペクトラムの親が
自閉症スペクトラムの子を産んだなら
日常的の普通の基本的な
正しいマナーなんて学びようがなくて……
だから理不尽で不公平だとずっと考えていて。

せめて定型発達の両親のもとに生まれていたなら……。


(なんだかカポーティの冷血にでてくる
リー・スミスのような文章だなー。
それはやっぱり勉強不足、経験不足ってことなんだね。ペリースミスの記憶にある家庭は、父親や姉に対する嫌な記憶と貧困だらけだったと記憶している。)
だからなのか、わたしの性格は暗い。

◇◇◇


「どうしようもない」
って口癖が大嫌いなのに。
思い出したくもない奴の口癖。

なのにわたしも
「仕方ない」
って書き癖になってるみたい。


じゃあ
楽しいことだけ考えよう。
この思考パターンを教えてくれたのは
あの人。

だからわたしには
あの人が必要なのです。

楽になる思考の先生みたいな人だよ。
だからお母さんみたいだって
わたしの兄弟にそう言ったら
吹いていたけど……。
お母さん業があるなら向いてると思う。

えーと、あとは、メンヘラホイホイ(メンヘラバルサンだと全く違う意味になりそう)みたいな人だな。
だけどそれは本人のせいでなくて
根が優しすぎるだけなんだと思います。

そろそろ答えを出さなきゃ、
わたしの方向の答えを。

本当はもう決まっているのかもしれないけど……。


◇◇◇

あと話は変わりますが
『生かされている』という気持ち
、それをまだ感じたことが無いのは
謙虚さが足りないということなのだろうか。
この話題になったのは
好きなブロガーさんが、その事について触れらていたので話題にしてみたくなりました。
確かに命は自身だけのものだと思い込んでいるけれど、違う考え方の方もいるから……。
この話をわたしがどう思っているか書けるかなと
考えていていたら

わたしが18才くらいの時に、
仲の良かった同じ年の子が引越しをしているのですが
『生かされている』ってことを最近になって考え始めていたら、偶然なのだろうけど
その仲の良かった子(引っ越した後に自殺をした)に会えないのはなんでだろう
引っ越しただけなら会えるはずなのに……
という夢を見て
目覚めた時に

「会えないというか、もう、いなかったんだ」

と、まるで数時間前のことみたいに思い出して
きっと記憶っていうのは、
もう思い出しても大丈夫だなあ、今なら思いだしても
耐えられるだろうなあっていう時まで
隠れている記憶もあるものなんだと確信しました。

その夢から目覚めた時に
もう忘れない様に、自分自身へSMS メールをしましたが
早朝だったせいか
寝ぼけていて違う人にメールを送ってしまった。
ただ一言
『全部思い出した』
と……。
送られた方は怖かったと思う……。

◇◇◇

それから

【誰かが、背中を押すように
ヒントになる言葉をくれたりすると
急にわかる】物事もあって
それは、とてもありがたい。

【】の中の言葉。
これはドナ・ウィリアムズという
自閉症から見える世界を書いたベストセラーを
著書に持つ
高機能自閉症の女性が書いていたこと。

【】の中は、わたしにとっても、そう。
誰かがヒントになるような言葉をくれる時があって
そういう人が、わたしの近くに居てくれた時期があって、今思うとね
とってもありがたかったよ。ありがとう。

その人がハテナブログを今も書いているのか
書いていないのか
おもな活動先のmixiに居たりするのか
検索したらわかりそうだけど
なぜか検索できない自身がいます。

でもきっとね
近くに居てくれた人とは違うけど
もう一人ブログを書いていた方がいて
その人は……今も元気に書いている、そんな気がします。

あとunsui さんという方の書いてらした
ブログの中で
『抜け駆けせずにみんな仲良く手をつないで』
という言葉から何かがわかりそうな気がして
unsui さんのブログを検索したら
記事を消してしまっていて
もうブログは辞めてしまわれたようでした。

unsui さんは発達障害LGBTについて
書いていらした方なのですが
聞いたことも無いような
面白い昔ばなしを引用されていたり
季節の花や木々を必ず記事に添えていて 
何回も読み返しました。

1年をループするように、記事を更新していられた覚えがあります。

わたしは、1年以上unsui さんの記事を愛読していたのね……。

◇◇◇

それと、ブログについて不思議なことがあるのですが……

ただの偶然と言えば偶然なのだろうけれど

ブログと言えば
アメブロやfC2しか知らなかったのに、どうしてハテブロを
5年前位から書いているのだろうか……。

他のブログは、飾りが多すぎて
気が散ったりするからハテブロを使っているのだろうか
よく覚えていない。


覚えていないと言えば
ブログのテーマは
意識して視線を合わせるように……
意識して。

というか、わたしの物忘れって10代の頃から
ひどいなぁ…。